トイレと水の問題で失われてゆく命を守りたい
東ティモールでトイレが「あたりまえ」になるプロジェクト
トイレはあって当たり前の日本。いまやウォシュレット、自動洗浄、人感センサーなどの機能、また商業施設などではおしゃれなパウダールームつきの公衆トイレも当たり前。でも皆さんはご存知でしょうか。世界では100万人以上の子どもたちが、衛生上の問題で命を落としているという現実を。衛生商品を扱う企業として何かできないか、何かすべきではないか・・・、これがネピアの「千のトイレプロジェクト」の原点です。王子ネピア株式会社マーケティング本部齋藤さんと大堀さんにこのプロジェクトについてお話を伺いました。

■ネピア 千のトイレプロジェクトとは?
1,000個のトイレをどこかの国に寄付する活動、ではないのです。2002年5月に独立したアジアで最も若い国、東ティモール民主共和国のトイレ作りをサポートするプロジェクト。ここは18歳未満の人口が50%とエネルギー溢れる国である一方、深刻な問題も抱えています。その一つは水の供給と衛生環境が芳しくないこと。慢性的な栄養不良に加え、汚れた水やトイレの不備からおなかをこわし、なくなる命が後を絶ちません。この状況をどうにかしたいと、2008年王子ネピア マーケティング本部が「千のトイレプロジェクト」を立ち上げます。

*乳児死亡率1,000人あたり83.5人(2008年調査)
*5歳未満児死亡率は1,000人あたり130人(2006年調査)
【プロジェクトの仕組み】
キャンペーン期間中、対象となるネピア商品の売上の一部はユニセフに寄付され、東ティモールで行うトイレ作りの支援、水と衛生に関する教育に使われます。消費者の購買、日々のお買い物が年間1,000個以上のトイレ作りにつながるプロジェクトなのです。
■立ち上げには大きな壁も?
日本では学校でトイレに行けない、トイレに行くことが恥ずかしいと考える子どもが多いといいます。子どもたちには「排泄は命や健康とつながる大切なこと」を知り、健康に育ってほしいもの。2007年、ネピアは日本トイレ研究所と連携し「うんち教室」の活動を始めます。毎年首都圏の小学校5校で、低学年を対象に行っています。教室ではド派手な衣装のうんち王子が登場!うんちのことを楽しく教えてくれます。
食べたものが排泄されるまで体の中でどう変化するのか、食べ物に例えた4色のおがくず粘土によるうんちえんぴつ作りの実習、トイレマナー、トイレットペーパーなどの資源についても勉強します。今注目される食育と同じように、排泄の知識も健康には欠かせないことなのです。
この活動を続ける中、海外に目を向けると、不衛生な環境が原因で失われる命があることを知る齋藤さん。この命を守りたい、トイレットペーパーを届ける企業として何ができるかを考えます。そして東ティモールでトイレ作り支援をするユニセフに出会う、これがプロジェクトの始まりです。プロジェクトを社内提案した当時、石油価格高騰で会社としても厳しい状況でした。社内での調整は少なからずご苦労があったと伺います。しかし2008年プロジェクトが動き始めます。
ユニセフとの連携は会社としても初めて、当初は感覚のギャップに戸惑うこともありました。「今すぐ多くのトイレが必要!」であれば、トイレや給水設備を沢山作ればいい。しかしユニセフの考え方は違います。衛生習慣の知識が乏しい環境では、物や設備を整えるだけでは根本的な改善にはつながらないと考えます。家の外なら自由に排泄してしまう、それが不衛生であること、下痢の原因となり、さらに子どもの命を危険にさらすことを、現地の方々にまず理解してもらわなければなりません。しかしそれは習慣をすっかり変えるという作業、時間もエネルギーも根気も必要です。
早く命を救いたいのに・・・、逸る気持ちともどかしさが同居するネピア社員。しかし現地を訪れ、「ハードばかり整えても、生活習慣や教育まで入り込んだソフトの支援をしなければ状況はよくならない。」今ここで必要とされることを肌で感じることができたそうです。
■東ティモールでの活動
トイレのない生活が当たり前だった村の人々、年配の方ほどその必要性を感じないそうです。「『トイレよりも、パソコンとかテレビが欲しいんだよ』なんて言うおじさんもいましてね。そんな大人たちにも、ひたすらトイレの必要性を説くんです。まず、地面に村の地図を書いて、みんながどこで排泄しているかをプロットしていきます。そうすると、『となりのおじさんがうちの裏でやってる!』などといろんなことがわかってくる。食事の場所と排泄の場所が近ければ、それは問題。村のみんなが現状を把握するところから始まります。そして、排泄したら手を洗うなど基本的なことから、生活環境の改善、トイレの作り方のレクチャーを続けます。何度か話すうちにわかってくれて、『よしトイレを作ろう!』となる。そこからやっとスタートですよ。普段の仕事の傍らの作業、完成まで数か月かかることもあります。」
【トイレはこうして出来上がる】
①生活用水に利用される川などを避け、衛生的に問題のない場所を決めて穴を掘る。
②その穴の壁面をコンクリートで固め、水分を吸収させるために底は土のままに残す。
③穴が完成したら便器を設置。
④壁や屋根で覆い、完成!



子どもたちには日本のうんち教室の如く、ネピア社員がうんち王子に扮し、楽しくわかりやすくトイレの大切さを伝えていきます。トイレの必要性を理解し、自分たちでトイレ作り、衛生的習慣を身につける、時間のかかる活動ではありますが、きめ細かな支援が持続性をもたらすのです。「みんなで作ったトイレ、何度も掃除し、本当にきれいに使ってくれているんです。」と齋藤さんは嬉しそうに話してくれました。
■今後の課題
2008・2009年の支援で出来た家庭用トイレの数は2,400以上、学校のトイレや給水設備の建設または修復数は25。現在は2010年の支援でのプロジェクトが推進され、1,200の家庭用トイレの設置が見込まれています。
2009年から2010年にかけて行われた東ティモール保健統計調査(DHS)によると、以前の調査に比べて、5歳児未満死亡率などが大きく改善されていることがわかりました。「千のトイレプロジェクト」による衛生環境の改善も、この死亡率の低下に繋がっています。このように確実に改善してはいますが、農村部でのトイレの普及率は未だ35.8%に留まり、まだ応急処置の段階です。使う人数で異なりますが、3~4mのトイレの穴は7年程度でいっぱいになります。このトイレ作りにもスペースの限界がある・・・ずっと作り続けるわけにもいきません。今後、どんな設備・生活環境を作っていくかも課題、本当にスタートしたばかりなのです。

■お客様の声が心配だった?
ネピア商品の売上の一部が寄付されるプロジェクト。マーケティング本部では「お客様はどう思われるか」、それが一番の気がかりでした。単なるイメージ向上のためのCSR活動と見られないだろうかという不安。消費者の皆さまの想いをお預かりする責任。情報発信にも細心の注意を払い、さまざまなケースを想定した膨大なお客様対応資料を作られたそうです。「それがまったく否定的なご意見がなく、ありがたいことに日本中のネピアのお客様から、たくさんのご支援をいただきました。2008年から2011年までに60,000件を超える応援メッセージを頂いております。」と齋藤さん。
日本を代表する企業の、謙虚でナイーブな一面を少々意外にも思いました。が、大企業であるからこそ、大企業であるが故の姿なのではないか、社会に対する責任の重さを感じました。
■社内にも変化が
2010年、公募により一般社員がCSR活動に参加する制度「CSRサポートスタッフ制度」を導入し、3年目に初めて一般社員3名が東ティモールでの活動に参加しました。また、このプロジェクトに対する社内の意識調査では、「会社を誇りに思う」社員数も増加、組織のモチベーションアップにもつながりました。対外的な社会貢献活動が社内でプラスの効果を発揮する、この活動が多くの社員に支持され、着実に浸透していることがわかります。
東日本大震災のあった2011年、現地訪問は控え、企業寄付という形での支援となりました。「2012年はまた通常通りの支援に戻したいと考えています!」最後にとても力強いお言葉を頂戴しました。
「東ティモールでは住民の方々が大歓迎してくれます。滞在中、体調を崩したこともありますが・・・まぁ大丈夫ですよ。」既に数回訪れた齋藤さんは頼もしい、かなりなじんでいらっしゃる様子。一方昨年マーケティング本部へ異動した大堀さん、「震災もあり、私はまだ行ってないのです。いつか!ですね」と少しドキドキした表情でお話ししてくれました。世界中、途方もない規模ですが、すべての子どもが健やかに育つよう、これからも「千のトイレプロジェクト」を応援したいと思います。

ネピア「千のトイレプロジェクト」
http://1000toilets.com/
NPO法人日本トイレ研究所
http://www.toilet.or.jp/
2011年11月30日 インタビュアー:高橋 江里子
~profile~
高橋 江里子(Eriko Takahashi)
アロマトリートメントのプライベートサロン una gemma (ウナ ジェンマ)のオーナーセラピスト。流通、企画・制作、コンベンション業界などでさまざまな職を経験、その後身体と心に向き合った生活を求め、これまでとは全く異なるセラピストの道へ。ある種合理的な日本の文化にも惹かれ、和のエッセンスを少し取り入れたサロン作りを目指す。日々できるだけシンプルに「きげんよく生きる」ことが目標。



